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Selfishly

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久遠の輪舞(前編)第7章


・・・・・ 久遠の輪舞前編・7章 ・・・・・

        *オフ本よりのアップ

~ Vox angelica《白い声》~




 
 ロイには、その突然の来訪者の告げる言葉が解っていた。
 それだけの付き合いをしてきた仲だとも思っている。
 いや、それだけ…などと、軽く浅く言える付き合いなど、しては来なかった。
 彼が幼少の頃に、突如として自分の目の前に現れれから此の方。
 彼は自分にとっての、唯一の光だった。
 彼を助けてきた等と、おこがましくも言っていた自分が、本当は恥ずかしかった程、
 ロイにとっての輝きを示し続けてきてくれた。
 
 彼が自分に目を向けてくれた事が解った日は、歓喜に心が震えてどうしようもない程だった。
 真っ直ぐな瞳は、躊躇いもなくロイの心に踏み込んでは、痛いほどの眩しさで貫いてきた。
 その瞳が大好きだと気づいたのは、その時で、それ以降は、彼の全てに惹きこまれたまま、
 気づけば心は奪われていた。
 恋に落ちたのは、彼が自分を凌ぐ度量を示した時だろうか…。
 何気ない一言が、腐っていた自分を奮い立たせ、また歩き出す力を注いでくれた。
 あの時、目の前の子供が、もう自分が思っていたような幼子ではなくなっている事を実感させられた。
 そして、その時から、彼が自分と対等の者だと認識を改めた。
 
 それから彼に恋をし、信じられない幸運で、その願いが叶い。
 恋は愛へと育っていき、自分の中を満たしてくれた。
 そう…、今では、自分の中を構成する物質の全てにまで、彼と言う存在が刻まれるほどに…。
 そんな相手だったからこそ、今この時期に、何故寄り付かぬようにしていたこんな場所まで、
 人目を忍ぶようにやってきたのか……、

『解らない筈が無い』

「准将、俺らはシンに渡るな」
 凛とした声が、声同様の潔さで言葉を告げてくる。
 ロイは弾劾の宣告を受け止めるかのように、握り込んだ拳に力を籠める。
 食い入るように見続けている自分の目の前では、覚悟を決めた者の笑みで、
 エドワードが語っている。
「明日の情報が公開されれば、漸くあんたの上への足掛りが動かせるようになる。
 そうなれば、俺らの仕事も終わりだ。
 これ以上、あんたの足を引っ張ると判って、傍に居るわけにはいかない。
 禍根の憂いは消し去っておかないと…な。
 
 さよならだ、准将…、いや、ロイ」
 それだけ告げると、エドワードはじっと自分を見つめている。
 何か…何か言わねば…。
 そう酷い焦燥感が突き上げてきて、自分を急かすと言うのに、愚かしくも何度も名を呼ぶしか、
 今の自分に出来る事が無い。
 だが何を言えば、語れば伝わると言うのだろう…。
 こうなる事は、彼が選んだ道を認めてしまった時から、予想が付いていた事ではないか。
 そして自分は、都合よくも、それに目を背けて、彼の道を阻まなかったのだから。

 …それとも、もっと愚かしい自分は、何とか出来るとでも自惚れてでもいたのだろうか…。

 自分の道一つ、自分で伸し上がることも出来ない自分が、愚かしくも?
 悔恨とも自責の念とも言える思いが渦巻いていく。
 ロイは飲み下せないその苦しみから逃れるように、縋るように手の指を目の前のデスクに突き立てる。
 嫌な音とともに、爪が割れていっているようだったが、痛みは全く伝わってこない。
 人とは、更なる痛みを前にすれば、他は鈍くなるものなのだ。
 
 告げたい言葉は、幾千と有り。
 伝えたい思いは、際を知らずに溢れている。
 
 なのに、言うべき資格が自分には、何一つない。

 全てを解って行っていた、この自分には。

 情けなさに視線を上げると、こんな時にも、自分を悼むような視線を
 向けてくれているエドワードの瞳が見える。
 それは、万感の想いを昇華しきった、哀しいほど澄み切った瞳だ。    
 その瞳が、静かにロイを見守ってくれている。
 彼は待ち続けてくれているのだ。 今、心の葛藤に揺さぶられ、叩きのめされている自分が這い上がる、
 ただその時を。
 ロイは込上げてくる嘔吐感を必死に押さえつけると、荒くなった息を吐き出し、静まれと念じる。
 そして、あらん限りの力を振り絞って立ちあがると、
 美しくも哀しい笑みで微笑む相手にその腕を伸ばす。
 
「必ず、戻してみせる。 必ずだ……」
 その言葉以外、何も告げる事も出来ない自分に、それでもエドワードは信頼の言葉を返してくれる。
「うん…、判ってるから…待ってるから、俺も」
 そう告げて縋り付いてくれる身体を、離したくないという気持ちのまま、強く堅く抱きしめ続ける。






 闇に気配を消して現われた姿は、白々と明ける日が部屋に差し込み始めた今、
 もうどこにも感じられない。
 ロイはまるでその影を見続けているかのように、窓から昇る日を見続け、立ち尽くしていた。
 静かなノックと共に、主からの返答を得ぬまま扉が開かれ、窺うような気配とともに、
 馴染みの副官が入って来た。
 その行動を叱咤するでも、誰何するでもなく立ち尽くす上司に、ホークアイは痛む思いに耐えながら、
 言葉をかける。
「准将、いつかは彼らも戻ってこれる日がやってきます」
 ホークアイの自分を慮っての言葉に、ロイは薄く笑って、小さく頭を振る。
「中尉、視える未来などどこにもない。
 残るのは全て、過ぎ去りし過去で得たものばかりだ。
 
 だから、今からの私に出来る事は、願うことだけだ。 
 自分の望む未来を視たいとね…」
「准将…」
「なら、その為に頑張るしかないな…」
 それだけ話し終えると、黙り込んだ上司に、ホークアイは静かに頭を下げて、
 部屋から出て行った。

 ロイは眩しさを増す光に目を眇めながら、必ずと誓う。
 自分には『いつか』等の慰めは、何の役にもたたない。
 いつかは、来ないと、同義語だ。
 いつかではなく、『必ずやり遂げてみせる』と言う強い意志だけが、未来を築いていく。 
 ロイもエドワードも、それを痛いほど判っている人種なのだから。
 『だからこれは、別離ではない。 未来を創る為の分岐点の別れに過ぎない』
 どれだけ道を違えようとも、擦れ違おうとも、全ての道は、必ず手にする未来へと続く道…。

『いや、必ず続かせてみせる。 
 どの道を選ぼうが、別れを繰り返そうが、必ず…』





  ~unendliche Melodie 《 無限旋律 》~




 想いは風に乗って、どこまでも流れていく。
 放たれ広がった想いは、運命の歯車を動かすほどに強く激しい。

 軋み悲鳴を上げる歯車を叱咤し、急かす様に、
 未来へ、未来へと翔けさせて行くが、
 その行方の先を、知りえる者など、誰一人居ない。

 未来は知るのではなく、掴む為に存在している。
 運命が奏でる調に背を向け、二人は自らの調を奏で続ける。
 永遠に、果てる事無く、永久へと。
 誓いを魂に刻み込んで………。
 
 
 


 
 
 
 
                          久遠の輪舞 前編end


 

 





 
 広間にも伝わってくる歓呼の声を聴きながら、この国に建国以来の名将が生まれた事を、
 参列者一同が実感していた。
 ロイの大総統就任式は、市民からと心ある軍人達からの、絶大な支援の下、恙無く終わった。
 
「お疲れ様でした!」 
 まだ若い警護の若者が、喜びを湛えた表情で、ロイに敬礼を捧げてくる。
「ああ、君か。 この度はありがとう。 君らの頑張りのおかげで、無事に式典も終了したようだ」
 ここ数日、警護にあたってくれていた青年に、そうロイが労いの言葉をかけてやると、
 感極まる表情でロイに深々と頭を下げてくる。
「とんでもありません!! この度の成果は、全て大総統のご功績のおかげです!
 閣下が命を賭けて国勢を護ってくださったように、私も微力ながら身命かけて頑張る所存です!」
 ロイは、若く使命に燃えた青年を見つめて、小さく哂う。
「君は、独り身か?」
 突然のロイの問いかけに、青年は驚きながらも、畏まりつつ言葉を返してくる。
「は、はい、まだ所帯は持っておりません。 …そろそろ身を固めようかと思う者はいるのですが…」
 照れながらも嬉しげにそう語る青年に、ロイは「そうか」と返事を返すと、ふいと窓の外に視線を流す。
「あ、あのぉ…?」
 何か気に障る事でも言ってしまったのだろうかと、表情を固くする青年に、
 ロイは視線を戻して話し出す。
「命を賭けるのは、君のたった一人の護りたいものに捧げなさい」
「はっ?」
 ロイの返答に戸惑う青年には構わず、ロイは話を続ける。
「私は生有る限りは、国を護り続けたいと思ってきた。
 が、それは生きていれば…、生命があるからに他ならない。
 が、命を賭けてまでとは思った事はないよ?
 自分の命を賭してまでと思うのは、・・・ たった一人の人の為だけだ。
 自分の命を失ってでも護りたい者、その相手になら、私の命を賭ける事など、対した問題でもない」
「閣下…」
 それだけ告げると、ロイは窓から広がる光景に視線を向け、もう青年を気にする様子も見せない。
 
 自分の命を賭してまで護りたい者は、今はこの国には…自分の傍には居ない。
 それでもロイは諦める気等毛頭もない。 
 自分の存在よりも。
 自分の命よりも尊い者。
 そんな相手に出会える者が、一体この広い世界の中で、何人居ることだろう。
 自分ほど幸福な者は、そうそう居ないだろう。
 出会えたからの幸せと、出会ってしまったから気づいた不幸。
 得がたい存在を得れた事の喜びと、寄り添えない苦しみ。
 想える歓喜と、伝えられない苦痛。
 全ては、彼を得たから始まった事なのだ。
 … そして、知ってしまったからには、もう失うことなど出来はしない。 
 彼が自分の始まりであり終わりであり、全てであり唯一なのだと。





 ★ 番外編~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


~soundscape 《 音の風景 》~


 エドワードは、綺麗に片付けられた各部屋を見て回る。

 淡いグリーンの色彩で統一されていたキッチンは、日の光をふんだんに取り入れられる窓で、
 いつも明るいライトグリーンのカーテンが揺れていたが…、それはもう、今は取り外されて、
 日の光だけが遮る物無く降り注いでいる。
 
 続きの部屋はリビングだ。
 広いリビングなのに、二人していつも並んで座っていたソファァーは、
互いのお気に入りの一つで、時間があれば、いつも並んで座っては、
 他愛無い話を飽きずに交わしていた。
 そして、意地っ張りの二人が喧嘩をしている時には、ソファーを挟んで両側にある一人用の椅子に、
 分かれて座るのだ。
 そんな時でも、どちらも部屋を出る事無く、部屋を出る時には、ちゃんと仲直りしてからなのも、
 いつもの喧嘩の風景だった。

 そのリビングも、今は白い布が至る所にかけられ、覆われている。

 1階の奥まったところには、ロイの仕事部屋がある。
 有事の時には直ぐに出れるようにと考えての事で、忙しい時には、仕事を持ち帰って
 籠もる事も多かった。
 恋人は暇な男ではなかったので、仕事の量も半端ではなかった。
 持ち帰って仕事をしている最中でも、頻繁に部屋の電話が鳴っているのを、
 エドワードは良く聞いていたものだ。
 それでもロイは、文句一つ言わずに、激務をこなし続けていた。

 一度、余りにも仕事が立て込んでいる時に、無理せず司令部か、
 軍が用意したホテルを使えば良いのでは?とエドワードが提案した事があったのだが、
 「君が感じられる場所の方が、遥かに仕事が捗るから」と言って、出来るだけ
 家に帰ってきてくれていた。

 そして、ユウターンした側には、ロイの寝室がある。
 ロイの、と言うのは御幣があるかも知れない。
 当初は、エドワードの寝室も別に有ったのは有ったのだが、そちら側を使う事は殆ど無く、
 二人してこの部屋を使っていたのだから。
 本来は2階に有るのが、ロイの立場上望ましいのだそうだが、忙しい彼は、
 独りで暮らしている間、2階を使った事が無かったらしく、
 エドワードと一緒に暮らすようになってからは、護衛付きも同然だったので、
 部屋は結局、1階のままになってしまった。
 
 時間が不規則な二人だったから、別の部屋もあった方が良いだろうと提案し、
 部屋を分けたのだが、ロイが戻ってきた日に、先にエドワードが休むような時でも、
 ベットを温めていてくれと、ロイが言うので結局は、休むときは同じ部屋と言うわけだ。
 滅多に無い恋人の休みの日には、ここでだらだらと惰眠を貪りながら、日がなこの部屋で
 二人してゴロゴロしている、そんな些細な事が、凄く幸せで、楽しい思い出だった。
 
 が今は、がらんとした空間があるだけだ。
 
 
 この家での記憶は沢山有って、一部屋一部屋を回るうちに、知らず知らずに
 目頭が熱くなってきていた。
 エドワードは、クスンと鼻を啜りながら、2階の部屋へと上っていく。
 
 2階は客間や書庫が数部屋ずつある。
 ロイとエドワードが一緒に暮らすようになってから、この家に初めて客人が寝泊りするようになった。
 
 それまでは、ロイは家に人を呼ぶような事も無く、自分自身が戻る事も最小限で、
 荒れた家に客人を呼べる筈もなかったのだそうだ。
 エドワードが住むようになってから、アルフォンスや幼馴染のウィンリーも来るようになったし、
 軍のメンバーを招いての飲み会も増えていって、飲み会の後に泊り込む面々も多くなっていき、
 二階の部屋で書庫以外の部屋は、臨時の宿泊所のような様を見せていた。
 
 その各部屋も、きちんと掃除をされ、大きな家具以外は総て持ち出されて無くなっている。

 書庫に有った夥しい本達も、全て持ち出され、一般家庭とは思えない棚が並んでいるだけだ。
 書庫の部屋達の整理が、一番手こずらされた。
 それと言うのも、整理を始めると、ふと気が付くと読み耽る二人がいて、なかなか進まないからだ。
 終いには、取り出す者と、片付ける者の二手に分かれて、互いを監視しながら片付けて、
 やっとこさ終わったのだった。

 エドワードは部屋の奥まで歩いていき、外へと繋がる扉を開ける。
 天気が良いときには、この扉を開け放して、空気の入れ替えや、虫干しをしたり、
 そとのバルコニーで日光浴をしながら、読書を楽しんでいたりもした。
 
 バルコニーの眼下に広がる庭は、ロイの地位に相応しい広々とした庭で、
 良く手入れが行き届いている。
 広い家や庭は、なかなか二人では手入れしきれず、定期的にホークアイが
 寄越してくれる業者の助けを借りてきたのだ。
 
 爽やかな風が通り過ぎていく。
 この風は、遥か遠くのシンへとも渡っていくのだろうか…。
 それとも、渡って来たのだろうか…。
 苦しく、切なかった思い出の国は、今はもう遠い。

 長かったようで、あっという間だったこの家での暮らしは、
 幻のように幸せな夢を見せてくれた。
 ふいに夜半に目が覚めると、エドワードは自分が今、どこに居るのかに、
 自信がもてなくなる時があった。
 夢のように幸せなこの日々が、シンの国で見続けた幻の続きのような気がして…。

 焦がれる余り、幻影を見ている自分がいて、覚めてしまえば、
 蜃気楼のように消えてしまいはしないかと。
 そんな時に、傍で体温を分け与えてくれる存在がいてくれたからこそ、
 今が現実の時なのだと実感出来ていたのだ。


「…眠れないのかい?」
 目覚めて、じっと闇の虚空に視線を彷徨わせていると、優しく手を撫でてくれる温もりで、
 はっと意識が戻ってくる。
「ロイ…?」
 傍にいる相手が判っている筈なのに、何故確認するように呼んでしまうのだろう…。
 そんなエドワードの心の揺れが、彼には判るのか。
「なんだい?」
 と、優しい笑みで聞き返してくれる。
「ロイ…」
「ああ」
「ロイ」
「ああ」
 馬鹿みたいに名前を呼び続ける自分に、ロイは少しも嫌がらずに、
 逆に嬉しそうに返事を返してくれる。
「ロイ、居るよな?」
「ああ、居るよ。 君の傍に」
「本当に? 消えたりしない?」
「ああ、ずっと、ずっと、一緒にいるよ」
 そう言って、ギュッと手を握り締めてくれる。
 
 そして漸く、安心した自分は、深く安堵の息を吐き出して、直ぐ傍にある温もりに
 寄り添うようにして、また温かな眠りへと落ちていく。

 

 ***

 時たま、怖い夢を見る。
 そう、それは自分が、ロイの部下達に、これからの自分達の行方を話した時の事だ。

「今から大佐にも話してくるけど…、俺たちはシンに渡るよ」
 そう告げた時、部屋にいたメンバー達は悲痛な表情で、自分を見続けていた。
「これ以上引き伸ばす事は、無理だと思う。
 今出て行かなければ、俺らも…大佐や皆にも迷惑がかかる」
「エドワード君…」
 日頃冷静で、はきはきとしているホークアイらしくなく、声は震えて掠れ気味だ。
「ご、ごめんなさい…。 ほん・・とぉに、ごめんなさい…」
 ホークアイは、それだけをやっと言うと、唇を噛んで俯いてしまう。
 自分の片腕を握っている拳が、真っ白になるほど力が入り、小刻みに震えている。
「やだなー、中尉。 これは俺とアルが決めた事で、別に誰のせいでもないぜ? 
 …… ちゃんと、考えての事だったから、後悔なんかしてないんだ」
 そう言いながら、俺はちゃんと笑えていただろうか?
 何度も、何度も、心の中で練習をしたのだ。
 
 今日は絶対に、泣き顔を見せないように。

「大将…、すまん! 本当に、すまない!」
 ハボックが頭を下げると、次々と他のメンバー達も顔を歪めて、頭を下げていく。
「ちょ、ちょっと! 何で謝るんだよ!
 俺らが無理やりお願いした事なんだぜ、謝るのは俺の方だし、
 むしろ礼を言うべきだと思ってるんだ。

 本当にありがとうございました。 
 中途半端なままで抜けちまうけど、許してくれよな」
 そう告げながら、きっちりと礼をする。
 床が視線に入った瞬間、思わず歪みそうになった表情を、意地で笑みに変えてから、顔を上げる。
「じゃぁ、後の事は宜しくな。
 俺の方も、手順は書いて持ってきてるんで、暇があったら見てもらえるか?
  ……… そして、消しといて欲しい」
 エドワードはポケットに入れていたメモを渡すと、「じゃぁ、大佐にも挨拶してくるよ」と、
 努めて明るく伝えた。

 司令室内は広いとは言っても、何も中庭が入る程でもない。
 だから、執務室なんで数十歩も行けば、直ぐに着いてしまうんだ。
 今日ほどその距離を、短いと思ったときはなかった。

 着かなくてもいいんだ。
 もっと遠くにあって、辿り着くまでの時間が、うんとかかっても、構わないのに…。
 なのにやはり、扉は直ぐに近づいてくる。
 
 エドワードは目の前まで近づいた扉の前で、皆に気づかれないような小さな吐息を吐き出す。
 『開けたくない!』
 〈さっさと開けろ! ここまで来て、怖気づいたのか〉
 『いやだ、開けたくないんだ!』
 〈馬鹿が。 開けずに済ますことは出来ないのは、判っているだろ〉
 『それでも開けたくない! 開ければ…開ければ…』
 〈…さようならだ。 それがお前が用意した・・・・・結末だ〉

 残酷な声が響く。
 エドワードの感情に反して、身体は勝手に動いていく。
 ゆっくりと、ゆっくりと開かれる扉…。
 その向うには・・・・・・・・・。






「エドワード?」
 後ろから呼ばれた声に、エドワードは泣きたいような喜びを噛み締めて振り返る。
「どうしたんだい? 一向に出てこないから、皆が心配しているが?」
 そう語りながら、ロイが優しく微笑み近づいてくる。
「ん…、ごめん。 ちょっと、感傷に浸ってたかも」
 ロイの顔を見ながら、そう告げた俺に、ロイもそうだねと同意するように、頷き返してくれる。
「ああ…、沢山の思い出が作れたからね」
「うん、沢山あった」
「これからも、もっと増やしていけるさ。 さぁ、行こうか?」
 そう言ってくれながら、ロイは手を差し伸べてくれる。
「うん、沢山作ろうな」
 俺もそう返事して、差し出された手を、しっかりと握り返す。
 そして互いに笑みを交わして、合わせた様に部屋を見回すと、ゆっくりと歩き出した。 
 後ろでは、扉が、まるで「いってらっしゃい」と告げるかのように、
 小さな音と共に閉じていった。




 

 この年、エドワードとアルフォンスは、漸くアメトリスの戸籍を取り戻した。
 それはエドワード達が戻り、数年後の月日が過ぎ去った後だった…。

 
 


 ★久遠の輪舞・前編完結
  続きは既刊本の『久遠の輪舞・後編』でお読みになれます。
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